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連載 私のオリンピック・パラリンピックの思い出

佐藤浩市 特別インタビュー

記念すべき第1回は、デビューから約40年もの間、第一線で活躍し続けている俳優・佐藤浩市さんにインタビュー。「復興五輪」とも呼ばれる東京2020大会の年に、福島第一原子力発電所事故について描いた佐藤さん主演映画「Fukushima 50」が、3月6日(金)に公開される。あの悲劇から9年。今、佐藤さんが感じること、そしてご自身の記憶の中のオリンピックについて、振り返ってもらった。

第一回 人間には「負の遺産」を「遺産」に変える力がある

2020/03/09


TVドラマ「ひとりぼっちのオリンピック」(1983年TBS系、原作は角川文庫「スローカーブを、もう一球」に収録)で、一人乗りボート・シングルスカルでモントリオールオリンピック出場を目指す大学生を演じた佐藤さん。また、プライベートではゴルフに精通していて、フジサンケイクラシック、サントリーオープン、日本メディアシステムカップなどの大会に出場し、アマチュア部門で優勝したことのあるほどの腕前だ。そんな佐藤さんと、オリンピックとの関係とは?

どんなに失敗しても人間は忘れる。だからこそ、次に進める

――「ひとりぼっちのオリンピック」の当時の撮影現場を振り返って、印象に残っていることを教えてください。

佐藤浩市(以下、佐藤) 懐かしいですね。よく覚えていますよ。シングルスカルは競技人口が少ないから、この競技だったらオリンピックに出られるだろうと、そういういい加減な理由でシングルスカルを始めた青年の話です。戸田のボート場に何度も練習に行きましたね。ボートって、上半身と下半身が別々の動きをするんですよ。最初はすごくバランスをとるのが難しいんですけど、そのコツをつかむと案外乗れるんです。

――どれぐらいの期間で習得されたんですか?

佐藤 1日か2日くらい練習したら、基本的な動作はできるようになったと思います。

――それはかなり早いと思います! オリンピックでボート競技もご覧になっていますか?

佐藤 ええ、当然見ています。でも、ボートの中でも、シングルスカルってあまりポピュラーじゃないですよね。エイト(8人で漕ぐ競技)の方がメインなので。でも、いまだに見ると、ドラマの撮影時のことを思い出します。この前、たまたまニュースで見たんですが、大石綾美選手が女子のシングルスカルで今年期待されていますよね。オリンピックに出られるなら、ぜひ頑張ってほしいなと思います。



――オリンピックに出場できる選手はほんの一握りで、出られる選手、出られない選手ともに、挫折を味わう瞬間があると思います。佐藤さんは俳優業で、挫折を感じたことはありますか?

佐藤 人間のすばらしいところは、どんなことがあっても、どんなに失敗しても忘れるんですよね。だから次に進めるんですよ。でも、災害など、決して忘れてはいけないこともある。この2つ、相反するものを抱えながら、人は生きるんだと僕は思うんです。役者は前者かな。きついことがあっても忘れられるんだよね。だから続けられる。ただ、僕の場合は挫折することよりも、恵まれていたことの方が確実に多かったとは思う。もちろん、ちょっとはつらいことも、やばいということもあったんだろうけど。お客さんの拍手とか感想とか、そういうことで報われちゃうんだよね。

――シングルスカルを短期間で習得した運動神経抜群の佐藤さんですが、アマチュアゴルフ界でも有名だと伺っています。オリンピックでは、ゴルフは前回大会で男子が112年ぶり、女子が116年ぶりに復活し、今大会の種目にも入っていますが、競技の魅力は何だと思いますか?

佐藤 ゴルフはまだ新しい競技なんですよ。道具もどんどん進化しているので、20年前の性能が今の性能じゃない。その過程を知るとすごく面白いんですよ。道具の重心の位置もいわゆる延長線上にないというのは、道具を使う競技の中では唯一のものだし、体格や手足の長さの違う選手がその道具を使って戦う、というところが楽しいんじゃないですかね。

――子供の頃を振り返って、印象的なオリンピックの思い出はありますか?

佐藤 前回の東京オリンピックは、幼かったので覚えていないですが、ちょうど僕が中学生ぐらいかな、バレーボールが流行っていたのを覚えていますね。東京オリンピックで日本女子代表が「東洋の魔女」と言われていましたが、その後ですね。なかなか、誇れるものがなかった日本ですが、バレーボールが強くなって、当時のオリンピックでも注目を集めていた。だから、急に周りでバレーボールを始める男子女子がいましたね。僕はやっていませんでしたが(笑)。



これから生きる人たちがどう考え、何が是で何が非なのか

――ここからは、映画「Fukushima 50」について伺います。2011年3月11日に発生した東日本大震災。巨大な津波は未曾有の被害をもたらし、福島第一原子力発電所も全電源喪失という危機的状況に陥りました。本作では、その中でメルトダウンと水素爆発を防ごうと戦い続けた地元福島出身の作業員たちの実際の戦いの模様が「日本映画史上最大級のスケール」で描かれていますが、作品を撮り終え、映像をご覧になった今のお気持ちを教えてください。

佐藤 僕らが最初にやろうとしたこと、それ以上の形にはなったかな。やろうとしたことというのは、起きたこと、その事象をきっちり伝えること。やはり偏ったもの、偏重したものであってはいけないし、プロパガンダであってはならないんですよ。「負の遺産」と呼ばれるものを伴ってしまったことではあるけれど、これから生きる人たちがどう考え、何が是で何が非なのか、それも含めてちゃんと自分たちが見てとれる、そういう形のものにしたいなと思っていたので、見ていただく方にもそんな気持ちが伝わったらと思います。

――出演者皆さんの鬼気迫る表情が非常にリアルです。どのように撮影されていたのでしょうか?

佐藤 実際に24時間体制の中で計器とにらめっこしていた、そんな人たちの思いを100%理解するのは不可能です。でも、何とかそこに寄り添いたいという思いの中、自分も含め、誰もがその場にいたと思うんです。良かったのは、セットの都合があって、狙ったわけではなく「順撮り」ができたこと。時系列に沿って撮影を進められたので、1日目よりも2日目、2日目よりも3日目、と毎日続けていく中で、みんなの顔が変わっていくんです。メイクではないリアルな表情は、順撮りの恩恵があったと思います。

――「復興五輪」が行われる2020年に本作が公開されることについて、どんな意義があるとお考えですか?

佐藤 2011年の災害が、二次的な被害の中でさらに甚大になったかもしれないという現実を、自分たちがどういう風に振り返られるか。日本にとって「負の遺産」だと考えられていることを、どういう風に自分たちが形を変えて、「遺産」に変えていけるのか。そして、我々人間はそういうことができるんだ、ということを感じたいですよね。こういう被害が二度と起きないためにどうしたらいいかということを、みんな一人ひとりが考えましょう、ということなのではないかなと思います。

取材・文=﨑山瑠美子/写真=後藤利江

映画「Fukushima 50」3月6日(金)公開
2011年3月11日、午後2時46分。福島第一原子力発電所を大きな揺れが襲った。中央制御室では当直長・伊崎利夫(佐藤浩市)が、原発の緊急停止を運転員たちに指示する。一方、所長・吉田昌郎(渡辺謙)は緊急時対策室に急行し、各所の安全を確認。大津波警報も発令され、敷地内の作業員たちに避難を呼び掛ける。やがて、ものすごい高さの津波が迫り、原発の建屋に激突。発電機は水没、停止してしまう。このままでは、原子炉の冷却装置が動かず、解けた燃料が格納容器を突き破り、メルトダウンへと至ってしまう。この危機的状況に日本政府が混乱する中、福島第一原発の運命は、現場の人間たちの決断と勇気、絆に委ねられていく…。
https://www.fukushima50.jp/




佐藤浩市

さとう・こういち
●1960年12月10日生まれ。映画初出演作「青春の門」(1981年)で第5回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。「忠臣蔵外電 四谷怪談」(1994年)、「64-ロクヨン-前編」(2016年)では、同賞最優秀主演男優賞、「ホワイトアウト」(2000年)、「壬生義士伝」(2003年)で最優秀助演男優賞を受賞。また、「日本海大海戦 海ゆかば」「魚影の群れ」(1983年)、「THE 有頂天ホテル」(2006年)、「ザ・マジックアワー」(2008年)、「最後の忠臣蔵」(2010年)、「あなたへ」「のぼうの城」(2012年)、「起終点駅 ターミナル」(2015年)でも同賞優秀賞を受賞している。近年の出演作は「愛を積むひと」(2015年)、「花戦さ」(2017年)、「北の桜守」(2018年)、「友罪」(2018年)、「空母いぶき」「ザ・ファブル」「記憶にございません」「楽園」(2019年)など。


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ISBN:9784041036211

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