KADOKAWA 2020特設サイト

連載 私のオリンピック・パラリンピックの思い出

野地秩嘉(ノンフィクション作家)

今大会の後も残るに違いないレガシーとそれを創るためにもがき続け、奮闘した人々の姿を取り上げた『新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語』(KADOKAWA)が好評発売中。本サイトの連載番外編として、著者・野地秩嘉さんの今大会への思いや新たに取材した内容を全3回に分けてご紹介します。第3回のテーマは、オリンピックだけでなくパラリンピックでもまた選手たちを支援し、大会を盛り上げたアシックス、NTT、AOKIが取り組んだ「パラリンピック支援のレガシー」について。

番外編 新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語(第3回/全3回)

2021/09/14


片手でも着脱できるファスナーが特徴

 オリンピック、パラリンピックの間、日本選手はメダルラッシュだった。金メダル27個を含む計58個はこれまでのオリンピックでは最高である。パラリンピックも金メダル13個を含む計51個と2004年アテネ大会の52個に次いで史上2番目だった。

 コロナ禍もあり、今回の大会では選手は表彰台(ポディウム)に上り、自ら金メダルを首にかけた。日本選手が着用したサンライズレッドのジャケットはアシックス製で、レプリカが販売されている。

 大会期間中、毎日のようにテレビに映し出されていたこともあって、同社製のポディウムジャケット、Tシャツの売れ行きは好調だ。同社広報はこう語っている。

「はい、おかげさまで大会期間中を通して売れています。SNS上でも『選手が着ているのを見ると欲しくなる』『ポチりました』などのポジティブなコメントや実際に購入いただいている声が数多く上がっています。ほんとうにありがとうございます」

「ポディウムジャケットはパラリンピックの選手も着用しています。片手でも着脱できるファスナーが特徴で、また、真夏の環境下での着用を想定したため、通気性を追求した構造にしました。オリンピック・パラリンピックの応援用と言いますか、TEAM RED® Tシャツも大会期間中とそれ以前では比べ物にならないくらいの販売数量となっています。有観客会場だった宮城スタジアムや伊豆ベロドローム/MTBコース、富士スピードウェイに来られたお客様の中には、このTシャツを着用された方が数多くいらっしゃいました。パラリンピック期間中もTEAM RED® Tシャツをご自宅での観戦時にも着用いただき、少しでもスタジアム気分を味わっていただいて、選手とのつながりを感じていただけたなら幸いです」

 Tシャツについては、私自身、近所のコンビニで見かけていたけれど、柔道の高藤直寿選手が日本勢として初めての金メダルを取った翌日、買いに行ったらすべて売り切れていた。

 日本人は自国選手の活躍に元気をもらったのである。

車いす専用シルエットの開発

 さて、アシックスはパラリンピック選手のポディウムジャケット、シューズにも工夫を凝らしている。語るのは同社常務の松下直樹だ。

「パラリンピアンのために車いす専用シルエットのポディウムジャケットとパンツを開発しました。ポディウムジャケットですけれど、車いすを操作する時に手首とタイヤが当たるんです。すると、手首の部分に汚れができたり、破損につながったりする可能性がある。ですから、手首の内側部分に強度の高い生地を配置して、汚れが目立たないように、また、生地が破損しないようにしました」

「パンツは車いすに座った状態で、すっきりとかっこよく、そしてアスリートとして強く見えるシルエットにしました。股上を短くして、お尻まわりにゆとりを持たせる。そして、履き口に前後差をつけました。そうすれば座ったときの前側のだぶつきが少なくなり、背面は通常より高いことから前かがみなどの動作をしても、肌やインナーの露出が軽減されます。加えて、パンツの総丈を長くしました。そうすれば足首の露出が少なくなります。パンツのポケットはファスナーが車いすの側板にあたりケガの可能性があることから、ファスナーを外し、座った姿勢でポケットを使えるように位置を変更しました。細かいところですけれど、これをやるだけで見た目がぜんぜん違います」

「あと、シューズは、表彰式などで着用するシューズと選手村の滞在時に着用できるスポーツサンダルを納品しました。シューズは着脱をしやすいようにベロ部を引き上げた際に履き口が通常のシューズに比べてかなり大きくなる構造にしています。サンダルは義足アスリートや車いすアスリートが着用できるように、着脱式のベルトを搭載し、知らないうちに脱げてしまうようなことがないようにしました」

 スポーツウエアは日々、進化している。オリンピック・パラリンピックのポディウムジャケット、Tシャツのレプリカが売れるのは人気に便乗しただけではなく、先端技術が織り込まれているからだろう。

ゴールボールの迫力をリアルに感じる

NTTの通信技術「Kirari!」で映し出されたセーリングの試合の様子(東京オリンピック大会)
©2021 International Olympic Committee. All Right Reserved.


 NTTはオリンピックのセーリング、バドミントンで活用したKirari!(超高臨場感通信)の技術をパラリンピックでも大いに注目を集めたゴールボールのイベントで利用している。ゴールボールとは次のような競技だ。

「視覚に障がいのある選手がアイシェード(目隠し)を着用し、得点を奪い合う。試合は1チーム3人、バレーボールと同じ広さの18メートル×9メートルのコートを使って行われ、所定のエリアからボールを転がして相手ゴールを狙う」(NHKパラリンピックホームページ)

 ボールの中には鈴が入っていて、選手は音を頼りにしてボールをゴールに入れたり、防いだりする。Kirari!の音響技術を使い、競技コートの音空間をそのまま横浜市にある盲特別支援学校の一室に創り出し、ライブイベントを行う計画だった。

 わたしはその音空間を準備していた段階で実際に体験している。実際に競技コートのなかでアイシェイドをして音を聞いてみると……。ボールが遠くから近くに転がってくる音が完全に再現されていた。ボールがぶつかってくるのではないかと手で頭を守ったり、体を引いたりしてしまうのである。聴覚によるゴールボールの観戦体験は完全に実用化されている。

 ゴールボールのような視覚障がい者のスポーツは見るものではなく、聞いて理解するものだ。耳で聞く体験をしてみればゴールボールの迫力をリアルに感じることができる。

ひとりひとりの選手を採寸

 AOKIは東京2020競技大会の日本代表選手団の公式服装、つまり、開会式や結団式で着用するスーツを担当している。そして、オリンピック、パラリンピックとも同じデザインの公式服装で、しかも、選手全員、一人一人直接採寸して仕立てている。
 
 同社の社長、上田雄久はわたしの問いに答えた。

「メディアで『お一人お一人の選手を採寸している』ことを知ったお客様から、『頑張ってほしい、この経験を今後の商品開発に活かしてほしい』といったお言葉をいただくこともありました。弊社としては大変光栄で、身の引き締まる思いです。うれしかったのは、何人かの選手の方から『サイズがピッタリだから、公式服装と同じサイズのスーツを作りたい』とお声をいただいたことです」

 現場でオリンピック、パラリンピック選手の採寸に励んだ小野太郎はパラリンピアンと相対して、気づいたことがあった。

「私たちは、オリンピックはもちろん、パラリンピックの日本代表選手団のみなさま全員もAOKIフィッターチームで採寸させていただきました。最初はパラリンピアンだからとこちらが身構えてしまっていたのです。必要以上に意識して、ぎこちない様子になってしまったかもしれません。しかし、やっているうちに気づきました。オリンピアンだから、パラリンピアンだから、それぞれ体形が違うことはありません。皆様、同じアスリートです。アスリートの皆様に満足していただけるような仕事をすればいいのです。一般の方よりも筋肉が発達している部分があるだけです。障がいのある方、ではなくパラリンピアン、イコール、アスリートとしての採寸を心掛けました。ご要望やサイジングなど、細かなヒアリングをし、補正も多かったのですが、いいものに仕上がったと思っています」

時間が勝負

 AOKIの東京2020大会日本代表選手団の公式服装事業全体の責任者、本田茂喜は「時間との勝負でした」と言っている。

「オリンピック開会式とパラリンピック開会式の間は、約1カ月間です。オリンピック期間中もパラリンピック用の公式服装のお仕立てをしていました。数量は式典用と開会式用を合わせるとスーツ換算で、約1000着です。1着1着お仕立てするパーソナルオーダーとしては、とても厳しい戦いでした。解決策はチームプレーでやること。まさにコンセプトである『ニッポンを纏う』の連携になりました。感謝しています。素材メーカー様、パーソナルオーダーシステム、縫製工場様、補正工場様、一丸となってのチームプレーでした」

 本田たちはパラリンピック採寸、仕立てに取りかかる前に、パラリンピックの22競技すべてを知るために勉強をした。障がいと言っても、さまざまな障がいの種類や程度、そして障がいに合わせたクラス分けがあると知る。次に、障がい者にとっての洋服のあり方について理解を深めるために、AOKIに勤務している障がい雇用の社員に洋服に対する不満や要望をインタビューしたのである。それをデザイン、採寸に生かしていった。

「パラリンピアンには立位の方、そして座位(車椅子の利用)の方がいらっしゃいます。座位の方にとっては、パンツの前側の股上は、立位の方より短いかたほうがいい。一方、後ろの股上は、長く深いほうが、座り心地、ウエスト位置の収まりがいいんです。そして、パンツの後ろポケットはほぼ使用しませんし、ポケットの袋布が当たるので、ない方が車いすの座り心地はいいんです」

「そうやって、さまざまな障がいに合わせてデザイン、採寸、仕立てを行いました。座位と立位を併用されている選手もいらっしゃるので、一着で両方の機能を持たせなければならない。一概に決められないんです。ですから義足や欠損の選手も、どのように服を着用していくかは、ご本人の要望に合わせることにしました。勝手な思い込みを持たず、お一人お一人の要望を聞く。そして、できる限りお応えする。そのためには仕立て上がりの後、補正工場様でもサポートするようにしました。いわばダブルチェックの体制を整えたのです」

「その他、立位と座位ではパンツの丈が変わってきます。ネクタイも結ぶ必要のないワンタッチタイも導入しました。スカーフも結んだりせずに着用できるようスカーフリングを揃えています。シャツはネック寸法と身頃サイズ、シルエット選択とは別に、身頃の肩回り感を単独で変えられるように専用オーダーシャツも整備しました」

 本田が言ったように、スポンサーだけでなく、素材メーカーから補正工場まで、支えている人たちを縁の下からさらに支えている人たちがいる。

 オリンピック・パラリンピックは総力戦で行われたのだ。

『新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語』目次
はじめに
プロローグ
第一章 スポーツマーケティング
第二章 夢を見てみようじゃないか
第三章 ポディウムジャケット
第四章 恩返しの話
第五章 顔認証による入退場管理
第六章 競技会場のカラオケタイム
第七章 CASEとMaaS
第八章 光の技術とKirari!
第九章 芝生と未来ゾーン
エピローグ


野地秩嘉(のじ・つねよし)

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』など多数。『トヨタ物語』『トヨタ現場の「オヤジ」たち』がベストセラーに。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。近著は『あなたの心に火をつける超一流たちの「決断の瞬間」ストーリー』(ワニブックスPLUS新書)、『京味物語』(光文社/7月末刊行予定)。


関連書籍
新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語
新TOKYOオリンピック・パラリンピック物語

発売日:2021年7月20日(火)
定価:1,980円(本体1,800円+税)
判型:四六判
ページ数:304P

書籍詳細